息を吸って吐く。普段意識しませんが、とても奥深い世界です。

 

ヨガを日常的にされておられる皆さんはpranayamaの奥深さに関して実際に体験されておられる事でしょう。

 

今後少しずつ一般的な呼吸生理を学ぶとともに、普段自分自身が感じているpranayamaの医学的効果についても学んでいきましょう。

 

まずは、鼻呼吸の不思議から。

 

 

 

【知ってますか鼻サイクル】

 

質問です。あなたは今左右どちらの鼻孔(鼻の穴)から呼吸していますか?

 

え?両方でしょ??そう思ったあなた。

 

この記事を最後まで読み進めて行ってください。

 

私達が何気なく普段鼻で息をしていると思いますが、

 

左右の鼻孔交代で呼吸をしています。

 

意識しませんが今は左がメイン、しばらくすると右にスイッチするという感じです。

 

1895年にすでに鼻呼吸のサイクルに関して指摘されています。(*1)

 

その後、鼻呼吸のサイクルは人間含め哺乳類(ラット、豚、ウサギ、犬、猫など)に共通して存在するものであることが指摘されています。(*2)

 

ちょっと細かい話をしていくと、

 

鼻腔内部の血流の左右差によって鼻の気道左右の内径の大きさに差が出てくる事が鼻サイクルの身体的なメカニズムになっています。(*3)

 

血流が豊富に流れている側の鼻腔内組織が膨張し、物理的に鼻腔の気道を狭めています。

 

こうした肉体的変化は解明されましたが、生理学的メカニズムは完全には解明されていません。

 

つまり、どういった機序でわざわざこんなことをしているのでしょうか?

 

1953年にStokstedが、鼻サイクルを調整する中枢が脳内にあるのではないか、と提唱し始めました(*4)

 

まず自律神経(交感神経、副交感神経)は鼻サイクルの生理学的メカニズムを説明する有力な機序のうちの一つになります。

 

具体的に説明すると、鼻の片方で交感神経が優位に作用し鼻腔内の血管を収縮させた結果、組織の膨張が改善し鼻腔内の通りが良くなると共に、

 

反対側では相対的に副交感神経が優位になり血管が拡張し組織の膨張が起きるために鼻腔の通りが悪くなると考えられています(*5)、

 

その後動物実験の結果から、鼻サイクルに関わる自律神経系は視床下部レベルで調節されている事が分かっています。

 

そして視床下部に”oscillator(発振器)”のような働きをする部分があり、あるときは右側の交感神経を刺激し、あるときは左側の交感神経を刺激しているのではないか、という説が提唱されています。(*6)

 

 

しかし鼻サイクルの生理学的メカニズムは自律神経系の働きの左右差のみでは説明がつかない事象も生じています。

 

例えば、

 

  • 迷走神経切断後
  • 翼突神経管切断術後
  • 自律神経失調症

 

等の方でも鼻サイクルが継続して見られるという事が報告されています。

 

簡単に言えば、自律神経が障害を受けている方でも鼻サイクルが認められています。

 

よって自律神経で鼻サイクルの生理学的メカニズムのすべてを説明することはできません。

 

更には、こうした自律神経が及ぼす活動性の左右差(鼻サイクル)と大脳皮質の右脳、左脳の活動性の左右差の関連を指摘する研究は蓄積されつつあります。

 

つまり、右脳と左脳の活動性に違いがあり、その左右差が鼻サイクルに影響を及ぼしているのではないか、という指摘です。

 

しかし、大脳皮質が視床下部にどのように作用し、その結果として鼻サイクルに対してどのように関わっているのか現状不明な点がまだ多いです。(*7)

 

 

といった感じで、鼻呼吸深いんです。皆さん、大丈夫ですか? 息してますか?

 

せっかくですから、呼吸を意識しながら読んでいってください。  笑

 

そして、こうした鼻サイクルは実は全員にあるものではなく、実は鼻サイクルがない人もいます。

 

話をさらに複雑にしているのは、右利き、左利きといった個人の特性や、加齢に伴う姿勢の変化等と鼻サイクルの関連も指摘されているため、

 

研究データの解析結果が複雑になっているという事実です。特定の精神疾患が特定の鼻孔から呼吸をする傾向にあると指摘する研究もあります。(*5,7)

 

【ちょっとまとめと次の展開】

こういった形で鼻呼吸って普段無意識で行っていますがかなり奥深いものだという事が分かってきています。

 

これまでに皆さんは鼻が実は気づかぬうちに左右交代で呼吸をしている事を学びました。

 

そしてその機序はまだまだ分からない点があることも学びました。

 

更に混乱させるようなことを書いていくのは恐縮ですが、

 

呼吸を意識しながら読み進めて行ってください。

 

これまで話をしてきたのは自律神経が鼻(鼻腔)に作用するといういわば神経(脳)→鼻(鼻腔)への経路でした。

 

つまり、神経が左右非対称(左右別に働く)に作用するため鼻サイクルが起きる。というものです。

 

でも普段ヨガで聞いているのって逆じゃないですか?

 

  • 呼吸が脳に作用してリラックスさせる。
  • 右の鼻と左の鼻の呼吸は脳に対して別の作用がある。

 

等の意見です。(鼻→神経(脳)の経路)

 

古来よりヨガの世界では”人間には72000のnadisがあり、それらnadisが体の全細胞にpranaを運んでいる”と考えられてきました。

 

nadisとはサンスクリット語のnadに由来し、nadとは”流れ、動き、振動”などを意味し、nadisとは体内を流れるpranaのネットワークの事です。

 

nadisの中でも三つのnadisが重要であると考えられています。一つはsushumna nadis、二つ目はida nadis、三つめはpingala nadisです。(*8)

 

伝統的にida nadisはムーラーダーラチャクラのある基底を左側から上に上がっていき、最終的に左の鼻孔から脳へ。

 

その機能は副交感神経系を活性化し、Tamasのgunaに関係しているといわれています。pingala nadisは同様にムーラーダーラチャクラのある基底を右側から上に上がっていき、最終的に右の鼻孔から脳へ。その機能は交感神経系を活性化しRajasのgunaに関係していると言われています。

 

ここ最近のヨガを西洋医学の視点から研究する中で、このあたりのことが現時点でどれくらい解明されているのかご紹介しましょう。

 

 

【右鼻は交感神経、左鼻は副交感神経?】

 

鼻呼吸の左右非対称性が身体にどのような影響を与えているのか考えてみましょう。

 

 

つまり、右の鼻から息を吸い込んだ時と、左の鼻から息を吸い込んだ時に身体に実際に何か変化が起きているでしょうか?。

 

 

左の鼻の穴をおさえて右の鼻から呼吸してみましょう。

 

どうですか?

 

今度は逆に右の鼻の穴をおさえて左の鼻から呼吸してみましょう。

 

左右で感じることが違いますか?

 

 

何か感じるものはありましたか?

 

 

過去にもしかしたら、先に書いたようにヨガインストラクターから右側が交感神経系、左側が副交感神経系と説明を受けたことがあるかもしれません。

 

説明を受けた通りに刺激されましたか?

 

 

私は正直同じじゃない?と思っていました。

 

 

そろそろ皆さんも疲れてきているでしょうから結論を書いてしまうと、

 

ヨガの伝統通りだという研究とヨガの伝統とは異なるという指摘の研究が混在している状態です。

 

例えば、左鼻から呼吸をして副交感神経が活発になり、右鼻から呼吸をして交感神経が活発になったというヨガの伝統と同じ結果を提示した研究は確かにあります。(*9)

 

しかし、85人の健常者を右鼻呼吸群30人、左鼻呼吸群30人、対照群(普通の呼吸)25人分けて比較したものであり、これくらいの少ない人数をもって結果を多くの人に当てはまると一般化する事はまだまだ早急な段階です。

 

 

一方で、右鼻左鼻共に副交感神経(迷走神経)が刺激されたという研究もあります。(*10)

 

この研究は右鼻呼吸群、左鼻呼吸群共に20人(男性10人、女性10人)という人数の研究であり、こちらの結果も同様に一般化する事は現状早急でしょう。

 

 

他にも同様な研究はいくつか見られますが、皆研究対象人数が少なく、先人の英知に対して結論が出るにはもう少し時間がかかる、という事になります。

 

 

しかし、現状ゆっくり呼吸をすること(1分間に5、6回)にはリラックス効果があると言われており、(*11)どちらの鼻がと意識せずゆったりと呼吸することが現状は一番確実、という結論になります。

 

 

こうした混沌とした現状を踏まえつつ、次回はもう少し具体的な呼吸法のエビデンスをご紹介していきます。

 

【まとめ】

 

  • 人間には鼻サイクルがあり、左右の鼻孔を交代で使っている。(ただし、鼻サイクルがない人もいる。)
  • 自律神経(交感神経、副交感神経)の作用は鼻サイクルの一部を説明するが、何故こうしたサイクルがあるのかは完全に解明されていない。
  • 右鼻が交感神経系、左鼻が副交感神経系を本当に刺激するのかどうかは現状またエビデンスの集積が必要。
  • どちらの鼻かにこだわらず、ゆっくりと呼吸をすることには間違いなく心を鎮める効果がある。

 

 

【参考文献】

    1.  Kayser R. Die exacte messung der luftdurchgangigkeit der nase. Archives of Laryngology and Rhinology. 1895;3:101–20. 
    2. Bojsen-Moller F, Fahrenkrug J. Nasal swell-bodies and cyclic changes in the air passage of the rat and rabbit nose. J Anat. 1971;110(Pt 1):25–37. Epub 1971/10/01.
      1. Eccles R. The domestic pig as an experimental animal for studies on the nasal cycle. Acta Otolaryngol. 1978;85(5–6):431–6. Epub 1978/05/01.
      2. Campbell WM, Kern EB. The nasal cycle in swine. Rhinology. 1981;19(3):127–48.Epub 1981/09/01.
      3. Eccles R, Lee RL. Nasal vasomotor oscillations in the cat associated with the respiratory rhythm. Acta Otolaryngol. 1981;92(3–4):357–61. Epub 1981/09/01.       
      4. Bamford OS, Eccles R. The central reciprocal control of nasal vasomotor oscillations. Pflugers Arch. 1982;394(2):139–43. Epub 1982/08/01.                
      5. Webber RL, Jeffcoat MK, Harman JT, Ruttimann UE. MR demonstration of the nasal cycle in the beagle dog. J Comput Assist Tomogr. 1987;11(5):869–71. Epub 1987/09/01.       
      6. Asakura K, Hoki K, Kataura A, Kasaba T, Aoki M. Spontaneous nasal oscillations in dog. A mucosal expression of the respiration-related activities of cervical sympathetic nerve. Acta Otolaryngol. 1987;104(5–6):533–8. Epub 1987/11/01.              
      7. Friling L, Nyman HT, Johnson V. Asymmetric Nasal Mucosal Thickening in Healthy Dogs Consistent with the Nasal Cycle as Demonstrated by Mri and Ct. Vet Radiol Ultrasoun. 2014;55(2):159–65.
    3. Proctor DF, Andersen IHP. The nose, upper airway physiology and the atmospheric environment: Elsevier Biomedical Press; 1982.
    4. Stoksted  P. Rhinometric  measurements for  determination of the  nasal cycle. Acta Otolaryngol  (Stockh)1953;  109 (Suppl):  159 – 75.
    5. Kahana-Zweig R, Geva-Sagiv M, Weissbrod A, Secundo L, Soroker N, Sobel N. Measuring and Characterizing the Human Nasal Cycle. PLoS One. 2016;11(10):e0162918. Published 2016 Oct 6. doi:10.1371/journal.pone.0162918
    6. Bamford  OS, Eccles  R. The central  reciprocal control  of nasal vasomotor oscillations.  Pflugers ArchEur  J Physiol  1982; 394: 139 – 43.
    7. Price A, Eccles R. Nasal airflow and brain activity: is there a link? J Laryngol Otol. 2016 Sep;130(9):794-9. doi: 10.1017/S0022215116008537. Epub 2016 Aug 1. Review. PubMed PMID: 27477330.                                 
      1. Shannahoff-Khalsa, D.S., Yates, F.E., 2000. Ultradian sleep rhythms of lateral EEG, autonomic, and cardiovascular activity are coupled in humans. International Journal of Neuroscience 101, 21–43                                    
      2. Werntz, D.A., Bickford, R.G., Bloom, F.E., Shannahoff-Khalsa, D.S., 1983. Alternating cerebral hemispheric activity and the lateralization of autonomic nervous function. Human Neurobiology 2, 39–43.                                   
      3. Bhavanani AB. Swarodaya Vigjnan- A Scientific Study of the Nasal Cycle. Yoga Mimamsa. 2007;39:32–8.
    8. Saoji AA, Raghavendra BR, Manjunath NK. Effects of yogic breath regulation: A narrative review of scientific evidence. J Ayurveda Integr Med. 2018 Jan 30. pii:S0975-9476(17)30322-4. doi: 10.1016/j.jaim.2017.07.008. [Epub ahead of print]Review. PubMed PMID: 29395894.
    9. Pal GK, Agarwal A, Karthik S, Pal P, Nanda N. Slow yogic breathing through right and left nostril influences sympathovagal balance, heart rate variability, and cardiovascular risks in young adults. N Am J Med Sci. 2014 Mar;6(3):145-51.doi: 10.4103/1947-2714.128477. PubMed PMID: 24741554; PubMed Central PMCID:PMC3978938.
    10. Jain N, Srivastava RD, Singhal A. The effects of right and left nostril breathing on cardiorespiratory and autonomic parameters. Indian J Physiol Pharmacol. 2005 Oct-Dec;49(4):469-74. PubMed PMID: 16579402.
    11. Brown,R.P.,& Gerbarg, P.L. (2012). The Healing Power of Breath. New York: Shalambhala Press.