一皮むけたいインストラクターが持っていたい視点
ここ最近、ヨガを医学に取り入れようという大きな流れが世界中で起きています。
医療関係者がヨガに積極的に取り組むようになってきています。
そうした中で「yoga for XXX (XXXという病気や症状のためのヨガ)」といった形で
ヨガと病気を関連付けて宣伝するプログラムも急速に増えていっています。
そこで今回は皆さんも気になるであろう、「ヨガで病気は防げるのか」
「XXXのためのヨガ」とは何を指しているのか、一緒に考えてみましょう。
「〇〇(病気の名前)に効果がある‼︎」「〇〇といった症状にはヨガが有効‼︎」よく聞きますよね。
皆さん、こんな宣伝を聞いた時、どう思いますか?
「あ、そうなんだ‼︎試してみよう‼︎」のタイプですか?
「本当なの?」と疑うタイプですか?
私たち医師は、まずそういうことを耳にすると「言葉の定義は?」「そしてその根拠ってなんなの?」と考えます。
根拠とは、「医学論文で発表されているような、ある程度信じるに足りるデータがあるのか?」ということです。
さらに言えば、その結果を個別の症例に還元することが可能なのかどうか、ということは実は結構難しい問題なのです。
簡単に言えば、テレビを見ていて、ある食品が○○に効果がある、と宣伝していた際に、すぐに飛びついていいのかどうか、という事と一緒です。
ヨガを日常に取り入れていらっしゃる方の中には、何かしら肉体的、精神的に不安を抱えながら毎日を過ごしている方もおられることと思います。
ヨガで病気や体調不良って防げると思いますか?
そもそも、
病気の定義は何でしょう?
健康の定義は何でしょう?
ヨガの定義は何でしょう?アーサナでしょうか?
食生活含めたoff the matの生活全般でしょうか?
ヨガは○○に効くと言う人には是非「あなたのヨガの定義は何ですか?」と質問してみてください。その返答に詰まるようであればかなりの確率で効用を適当に(殆どのケースで悪意は無く、良かれと思って)喋っています。
しかし、こうした言葉の定義があやふやだとそもそも議論のスタート地点に立つことが出来ません。その点もう少し掘り下げて考えてみましょう。
WHO(世界保健機構)では健康を以下のように定義しています。
“Health is a dynamic state of complete physical, mental, spiritual and social well-being and not merely the absence of disease or infirmity.” (*1:WHO websiteより引用)
”健康とは、単に病気がない、弱っていないという状態ではなく、肉体的、精神的、霊的社会的に良好な動的状態の事をいいます。”(中野陽子 翻訳)
以上から、まず「健康」と一言で言っても非常に多面的な要素であることが理解できると思います。
病院に定期通院する必要がない人でも健康とは限らない、という事がご理解頂けると思います。
逆に本人が満たされていると思えば、傍から見て健康に見えない場合でもその人なりに健康であると考えることも出来ます。これは非常に大切な事です。
病気をどのように考えるかというと、こちらも非常に細かい事を実は検討しないといけません。
病気と日本語で一言で表現する際に例えば英語ではsickness, disease, illnessとそれぞれニュアンスが異なってきます。
先に挙げたWHOの健康の定義でdiseaseをさらっと「病気」と翻訳しましたがその裏には考え始めると非常に複雑な背景があります。
本論に進む前に少し考えてみましょう。普段考えもしない事を考えることはとても良いチャンスだと思ってください。
まず簡単な例から。
例1
もともと健康なAさんが風邪をひきました。数日家で休んでいたら病気(風邪)がすっかり治り、心身共に以前と同じように健康です。
こうした展開で病気と健康の関係を捉えることに皆さんは特別違和感を覚えることはないと思います。
では次の例はどうでしょう?
例2
もともと健康を自負していたBさんが職場の健康診断で高血圧と糖尿病を指摘されました。残念ながら今後継続的な内服加療が必要ですが、適切な治療をうけ病気(高血圧と糖尿病)は酷くならずに経過しています。
例1とは違い、Bさんは治った、とは言えない状態ですがBさんを「健康ではない」と呼ぶことは出来るのでしょうか?
更にこんな例も考えてみましょう。
例3
突然の下血で発見されたCさんの大腸癌。手術しとりあえず腫瘍は摘出したが、遠隔転移があり抗がん剤治療を数年継続的に行っている。残念ながら病状は徐々に進行し、Cさん自身医者から厳しい見通しの話を聞いているが、周囲の支えもあり前向きに治療に取り組んでいる。
Cさんは「健康ではない」と言えますか?
治らない病を抱えている人を「不健康」という事が出来るのでしょうか?
更にこんな例もあります
例4
残念ながら交通事故にあい、それ以降身体に障がいをもつDさん。自分にもできるスポーツなないかと探した結果、ある競技に出会いパラリンピックの日本代表に選出され充実した生活を送っている。
身体に障がいのあるDさんは不健康なのでしょうか?
ヨガで病気を防げるかどうか、という話をするときには
こうした問題に対してどこで線引きをするのかどうかで全く結論が異なってきます。
適当に話していると全く議論がかみ合わなくなってきます。
私が書いている、この記事の中では病気とは「unhealthy state(不健康な状態)」
つまりWHOの健康の定義に当てはまらない諸状態、とまず定義して話を先に進めて行きましょう。
このように考えると身体は全くの健康でも孤独に苦しむ人は不健康な状態であると考えられます。
では本題に戻って、「ヨガで病気は防げるか」ですが、結論から申し上げると「YES/NO」です。
(過去何度も書いている事なので省いてもよいかとも思いますが、私はヨガをoff the matも含めた生活全般でとらえています。yogic life styleです。それを踏まえて)
まずは簡単な例から考えていきましょう。
ヨガで病気が防げるかという問いに対して、現状全ての人にYesと断言できるだけの効果はヨガにはありません。(かといって全く効果がないとも証明されていません。)
そこに付け入るスキがある所が現状のヨガ界の弱点でもあります。怪しい健康ビジネスはここを狙ってきます。
そもそも、大前提として上に挙げたような生活習慣病を発症する方は、ご存知の通りライフスタイルにも原因があることが多いです。
例えば、なるべくなら動きたくない、ソファの上でポテトチップスの袋を抱えて映画鑑賞、夜中にお腹が空けばカップラーメンをすすり、自炊は面倒くさいからコンビニで食事は調達。
このような生活背景のある方がいきなり「ヨガをして生活習慣病を予防しよう‼︎」と思うでしょうか?
よって、ヨガが全ての人に病気を予防する効果がある、とは今のところ言えません。
しかし、yogic life styleが健康に貢献するという研究は存在します。一つ以下のような文献をご紹介しましょう。
そもそも「肥満」とは皆さんご存知の通り、エネルギー摂取がエネルギー消費を上回っている状態です。
医学的にさらに加えると、炎症性サイトカインが脂肪組織より放出され、軽度の炎症反応が常に体の中で起きている状態です。
それによって血管内膜の機能障害を引き起こし、動脈硬化や高血圧の原因となります。
ヨガをベースとしたライフスタイルの改善(具体的には呼吸法、ストレスからの解放、アーサナによる実際の身体の運動、食事の変化)によって
体重が減少し、それによって肥満が改善されてくると、動脈硬化や高血圧の原因となる血中の炎症性サイトカインが減少します。
yoga-based lifestyleが体重の減少やストレスの軽減をもたらし、その結果心血管や代謝異常を効果的に防ぎます。体内の炎症を減らすことは、病気の原因と進行を予防するのです。
こうした意味で、ある病気にかかっている場合にそれを酷くしない、という視点からみた場合ヨガが有効である、という研究は散見されます。
しかし、それを「ヨガが病気を防ぐ」と言うのかどうかは健康と病気の定義によって変わってくるところとなります。
現状のヨガの臨床研究は二次予防がメインです。二次予防とは、ある病気になってしまった人のその病気を進行させないように介入することです。(これ以上ひどくしないということ)
何故そのようになるかというと、費用と手間の問題が第一に挙げられます。本来医学的にある程度厳密にヨガが病気を予防するのかどうかを検討する場合、
①人を集めて、あるタイミングから長期にわたりヨガを継続的に行ってもらい、その集団とヨガをしない集団をマッチング後、ヨガにどんなメリットがあるのかを長期間たった後に比較検討する。(一般的に高コスト:大人数かつ追跡期間は長い方が望ましい。調べた結果特に何も言えないという可能性も十分ある)
②定期的にヨガをおこなっている集団とそうでない集団をマッチングさせて、過去のある時点から現在までの間にヨガを行っている集団に何かメリット(例えば、特定の病気の発症率が低い、体重が低いなど)があるかどうかの検討。
という形を取ることが多いと思います。
しかし、
①は手間で(数千、数万人を長期間フォローすることになる)
②はデータがそもそも存在しなければ振り返って検討することもできない(そしてヨガに関してはそのデータが殆ど存在しない)
といった理由から、医学的にある程度の厳密さでそもそもヨガが病気を予防するのかを議論することが困難であるという現実があります。
更に多くの方が一般的に何かしら不摂生(食べ過ぎ、飲みすぎ、運動不足)である現代において、明らかにyogic life styleの方が健康であることは自明であるため、
そうした健康なライフスタイルの実践をやらないよりはやった方がいい事は始めから分かっています。
こうした理由から、現状行われているヨガの臨床研究はほぼ、例えば糖尿病、鬱病など、
ある特定の疾患を抱える人にヨガを行った場合にその疾患が改善するなどのメリットがあるかどうか、の検討をしたものです。
(しかも少人数かつ比較的短期間の介入です。)
以上から、
ヨガが他に比べて優れて特定の病気の一次予防(発症を防ぐ)若しくは二次予防(進行を防ぐ)効果があるとは今後も中々踏み込んでは言えないと私は思っています。
仮にヨガが効果がある、というエビデンスが出てきたとして、その際にはヨガが他の健康習慣と比較して何が特別優れているのか?
という新たな問題が出てきます。水泳、ウォーキング、社交ダンス、太極拳、グランドゴルフよりも何が良いのか?それらじゃダメなのか?
むしろ考えるべきは健康か、不健康かという白か黒かという議論ではなく、
生から死への一連のプロセスをスペクトラムとしてとらえ、
その時期その時期でヨガがいかに人々のwell-beingに貢献できるのか、
という事が大事になってくるのではないでしょうか?
超高齢社会の日本ではこの点大きなパラダイムシフトが起きています。
持病のある方が、障がいのある方が、そして自らの終末期と向き合う方が
その時期その時期でヨガを通じていかに救われて行くか、
それこそがヨガでunhealthy stateを改善できる点です。
★治らない病を抱えている人でもヨガでよりhealthyになることはできる
自らの命が尽きる直前まで、線香花火のように輝いている人は殆どいません。
通常緩やかに心身衰えて終末期を迎えます。
治らない病気を抱えている人たちを不健康であると言ってよいのかどうか、
皆さんはどのようにお考えでしょうか?
WHOの健康の定義が多面的要素かつ動的要素を持っている事からも分かるように、
治らない病気を抱えた人がヨガ含め様々なきっかけで癒されて行く事は、
それぞれの人のその人生のステージでよりhealthyになっていくことにつながると考えることが出来ます。
こうした視点からヨガの利点を考えてみると
などが考えられます。
よって、それぞれの人の人生のステージに合わせた利点
(その人なりに今より健康な状態に向かっていく)を提供出来るという意味で、
ヨガが病気を防げるか、という問いに対してはyesという事になります。
(こうした文脈を一切無視して、ヨガは病気を予防するんだ、という言葉が独り歩きしていかないようにインストラクターの皆さんは自分の言葉に責任をもってクライアントに説明をしましょう!)
★ヨガインストラクターとして生徒にしてあげられること
これまで医療の世界は患者は病気になると病院やクリニックに行き治療を医師から受けるという形で展開されてきました。
しかし、医療レベルの向上と高齢化が進んだことから地域社会のなかに
「何らかの持病がありながらも生活を継続している人々」の占める割合が非常に大きくなってきています。
こうした流れの中で、地域社会全体で人々の健康を考えていく、社会の中で治療をしていくという概念が出来てきています。
こうした考えを海外ではSocial Prescribing(社会的処方)と言います。(*文献3)
このパラダイムシフトでヨガインストラクターに何が期待されているのか?
それは、
ライフスタイルを少しでも変える意識を持ってもらうことをクラスで呼びかけていきましょう。
そして、人それぞれの自分の状態に合ったwell-beingを達成していくことの大切さを生徒に話していきましょう。
数ヶ月に1回しか会わない医者から「ライフスタイルを変化しましょう‼︎」と呼びかけるのと、
いつも行っている顔なじみのヨガスタジオやスポーツジムのヨガクラスの先生が
「ヨガをきっかけにこんないいことが期待できるんですよ」と呼びかけるのと、
どちらが心に響く(心に残る)でしょうか?
どちらの場合も信頼関係が重要だとは思いますが、頻繁に会う、信頼のおけるヨガインストラクターの声は心に響きやすいと思いませんか?
「実はヨガはそんなに好きじゃないけど、あそこに行けばみんなと楽しくおしゃべり出来るから通っているの」
という人がたくさん集まるように出来たら、皆さんは立派なSocial prescribingの実践者と言って間違いないでしょう。
【結論】
【参考資料】