ヨガと不安に関して、精神科専門医兼ヨガインストラクターの中野輝基が解説していきます。
実践的なポーズに関して皆さん興味があるかもしれませんが、
ある特定のポーズがうつ病や不安障害の方の多くにとって有効である、
という確固とした医学的エビデンスは現在存在しません。
ですので、ある特定のポーズを抽出して効果を喧伝しているものは、
喧伝している当人にとっては効果があったものかもしれませんが、
他の多くの方にとって同様かそれ以上の効果がある、という所までは明言できない、
というとても大切な点を始めに忘れないでください。
そうは言ってもどれがいいのか気になる、という方のために最初に簡単に書いちゃいます。
不安に対してヨガを用いる場合
・ゆっくりとした呼吸を意識し、
・ゆっくりとしたフローで副交感神経、GABA系を活発にし、
・パワーヨガのような力強いものは避ける。
以上の要点を守れば後はどれでも良い、
というかどれが他に比べて優れている、
という質の高い医学的エビデンスの集積には依然として時間を要する。
ですから皆さんが巷でこれが有効だよ、という話を聞いた際には、
教えている側が万人に当てはまるような確固とした根拠を持っているわけではないんだ、
という事実を忘れないようにしましょう。
効用を断言している人に対しては根拠となる出典を聞くと良いと思います。
また、指導する立場にいる方は、困っている方々に嘘を教えることが無いように、自身の言葉にしっかりと責任を持ちましょう。
ヨガで救われたという個人的体験をもち、溢れる善意からその効果を世の中に広めたい、
と思っている多くのインストラクターは、
是非自身の個人的体験が多くの人にとって当てはまるものであるのか(一般化できるのか)、
という視点を忘れないようにしましょう。
本当の専門家は、未だわかっていない点についてちゃんと「これはまだわかっていない」
と説明できる人だという点を是非皆さんは覚えておきましょう。
そもそもヨガが心身にとって良いという事実は間違いないのですが、
他の運動に比べて万人にとって確実に良い、という事は現状言えないのです。
水泳だって、ウォーキングだって、ジョギングだって、太極拳だって、いいんです。
例えば、ヨガとウォーキングの効果を比較した文献(*1)があります。
ヨガ群19人、ウォーキング群15人の比較という非常にnが小さい(比較する人数が小さい)文献であるため、
この結果をもってヨガが絶対ウォーキングよりも優れてる、
という事には無理がある事が多少はお分かり頂けると思います。
ヨガの研究は現状非常に少ない人数を対象としたものしか行う事が出来ていません。
それは非常にヨガ研究を行うには手間がかかるからです。
例えば新薬の研究などは、「この薬を飲んでください」という指示のもと、
新薬群と偽薬群(プラセボ群)を比較して行います。
一方ヨガの研究は、当たり前ですが被験者群にヨガをしてもらわないといけません。
研究によっては、対照群もヨガ同等の運動をしてもらう事が求められる場合があり、
なお一層手間がかかるわけです。
また、新薬の開発にはバックに製薬会社がいるため、研究費用が潤沢にあります。
しかし、ヨガをいくら研究しても製薬会社は儲かりませんから、
そういった所からの資金の流入も限られているため、大規模な研究を行いにくいという側面があります。
更に、ヨガというものは単にヨガマットの上で行うものではなく、
マットの上にいない時の生活全般(食事、睡眠など)も含めた、トータルでの生活介入を本来指します。
ヨガとは本来こうしたヨガ的ライフスタイルを追求して初めてその効果を本当に感じられるものです。
よって、研究などで一般的に評価する期間(数か月が一般的)で目立った効果が出ないからといって、
「ヨガの効果がない」と断言することも厳密には出来ないという、非常に複雑な事になっています。
長期的な効果があるかもしれないけど、無いかもしれない、、、
長期間研究に協力してくれる人たちを集めることは非常に手間だし、
その結果をもって民間の企業が儲かるわけでもないし、、、
といった要因が重なり、臨床試験がし辛い現実があります。
こうしたヨガの研究自体の限界も皆さんは理解されておかれると、
なお一層皆さんの発言に信憑性性が出てきます。
(こうした逆境のなか、インド含め、欧米を中心にどんどんエビデンスが蓄積されて行っています)
さて、本題に入っていきましょう。
ヨガとうつについての記事を読んだ方はもう慣れてますね。
その記事ではうつ状態とうつ病の違いに関して細かく説明しました。
同様に「不安」と「不安障害」は異なります。
「もういいよ!」と言われるかもしれませんが、毎回言葉の定義から入っていかねばなりません。
それは「ヨガがなんとなく何にでも効果がある」、
と喧伝することによって、不利益を被るクライアント(生徒)が出てくる可能性があるため、
どうしても細かい何に効果があるか、の「何」を明確にしておく必要があるからです。
何にでも効けばこんなに幸せな事はないのですが、、、残念なところです。
さて、不安、って聞いてどんなイメージがありますか?
胸がドキドキして、なんとなく落ち着かない。先の事を考えて心配な気持ちになる、といった感じでしょうか、、。
精神医学では、不安を現象学の視点から
・不快感と緊迫感を伴う安らかではない心身の状態にある事であり、漠然とした不確かさ、
落ち着かない不安な気分、何かに脅かされている予感などを含んだ情態性。
として考えたり
精神分析の視点から不安を
・人が圧倒的な寄る辺なさを体験する外傷的瞬間から派生してくる不安と、
そのような外傷的瞬間が起きそうだと予感する信号としての不安。
このように区別したり
脳科学的視点から不安を
・扁桃体や島の活動が亢進している。
島の反応は不安により惹起された身体や内臓感覚の脳内での表象と考えられている。
等と表現したりします。
(*現代精神医学事典より抜粋)
どのように不安をとらえるにしても、不安を感じるだけで人は病気にはなりません。
人が誰しもある状況下で不安を感じるという事は、極めて自然な事だと思います。
そうでなければ人類は滅んでいたかもしれません。
不安は必ずしも悪い事ではなく、先を見越しての計画につながったり、
念のため準備しておくという心構えに繋がったりという側面も持っているわけです。
しかし、程度が強いとやはり心身にとって有害になってきます。
・パニック障害
・全般性不安障害
・社会(社交)不安障害
・PTSD
・特定恐怖症
等があり、それぞれにちゃんと定義があります。
こんなにたくさん病名があって、どのヨガがどの病気に治療効果がある、
といった所まで現状わかっているのでしょうか?(もうくどいですかね?皆さんは答えを当然知っていますね!)
そうです。
答えは Noです
この後に紹介している文献を参照して頂ければわかりますが、
特定の疾患に対してあるヨガを行ったら、こういった治療効果が得られた、という文献は確かに存在します。
しかし、対象となった人数が少ないため、その結果を多くに人に当てはめて物を言う事には慎重にならないといけません。
そういった意味で、No、という事になります。
ただ、リラックス効果を有効的に得られる方法に関しては徐々に研究が集積されていっています。
そこで、ヨガのリラックス効果に関して勉強してみましょう。
医学の文献が無くても、
ヨガにリラックス効果があるという点に関しては皆さんも感じておられると思います。何故でしょうか?
不安障害は、自律神経系や視床下部下垂体系といった、
ストレスに反応するシステムに不調をきたします。
その結果として、交感神経系が過度に刺激を受けたり、
副交感神経系の刺激が減少したりといった不具合が生じてきます。
この交感神経系及び副交感神経系のバランスが崩れると、
知覚、感情、対人関係、認知機能、循環器系、呼吸器系、消化器系、内分泌系、免疫系や他様々な所に悪影響が出てきます(*2、3、4)
また気分障害や、不安障害、てんかんで脳内のGABA濃度が低下しているという報告があります(*5,6,7)
これらの病気の治療薬が、脳内のGABAを上昇させることが報告されています。(*8)
さらに、ヨガが脳内のGABAを上昇させるという研究があり(*9)
こうした研究の積み重ねから、
・ヨガは、迷走神経の刺激を介して、交感神経系と副交感神経系のバランスの悪さ(副交感神経系を刺激し)とGABA系の抑制を改善する
という仮説が立てられています(*10)。
その結果として
・リラックス効果
・先に書いた病気に対しての治療的効果
があるのではないか、と仮説が立てられています。
現状わかっていない事が多く、今後の課題となるところですが、
いくつか文献を紹介していきます。
真面目にここまで読んでこられた方は、ヨガの研究の限界を十分理解されておられると思います。
そういった意味で、相当な専門家になっていると思います。
是非、参考文献も時間をかけて一つずつ消化していって下さい。
皆さんが一皮むけた「専門家」になっていく事を私たちは願っています。
Sudarshan Kriya yoga(SKY)がPTSDを呈する退役軍人に対して有効であった、という症例報告です。
SKYのうつ病、不安障害対する有効性を指摘している文献は結構あります。
同様に、PTSDの診断を受けている米国の退役軍人に対して、
SKYで介入した群(11人)とwaitlist群
(後で同様にSKYを受ける予定になっているがまだ受けていない人、つまり未介入と同様に考えられる群の10人)を比較し、
SKYのPTSDにおける効果を検討した文献です。
11人VS10人という比較である点を忘れないでください。
(比較している人数が少数であり、結果を一般化出来るかは立ち止まって考える必要がその都度ある、という事です。)
・Yoga for Generalized Anxiety Disorder: Design of a Randomized Controlled Clinical Trial(*13)
全般性不安障害の診断を受けている人に対して、Kundalini Yogaの介入を行う臨床試験のデザインに関して書いてある文献です。
Kundalini Yogaによる介入群95人、認知行動療法による介入群95人、stress educationによる介入群40人を比較するというものです。
・Yoga-Enhanced Cognitive Behavioral Therapy (Y-CBT) for Anxiety Management: A Pilot Study (*14)
パイロットスタディー
(本格的に検証する大規模試験の前に、大規模試験の実現可能性を検討するために行う小規模試験の事です)ですが、
32人の全般性不安障害の患者に対してKundalini Yogaによる介入を行い、
そのうち継続出来た22人に関して検討しています。
6週間にわたる週一回60分から90分のKundalini Yogaによる介入が病状の改善に効果があった、と述べています。
・The effect of Yoga on anxiety symptoms in women with obsessive compulsive disorder (*15)
イランの研究で強迫性障害の患者40人に対してハタヨガでの介入を行った結果、病状の改善が見られた、との報告です。
1999年と少し古いですが、
22人の強迫性障害と診断を受けた人達に対してKundalini Yogaによる介入を1日60分3か月にわたって行った群(12人)と非介入群(10人)に分けた研究です。
介入群で病状の改善が認められたことを報告しています。
他にもさまざまありますが、大体数十人に介入した結果こうでした、みたいな文献が大半を占めます。
ヨガ全般の研究に言えることですが、
何を
どれくらい
何に対して行うのか
という事を決めていくのがとても難しいです。
週一回60分何らかの種類のヨガを行う事が効果があったとして、
例えばそれが週一回30分ではダメなのでしょうか?
30分×2と二回に分けてはダメなのでしょうか?
更には、そうした細かい違いをそもそも追求する必要があるのでしょうか?
はたまた、ヨガじゃないとだめなのでしょうか?
ヨガはなんとなく体にいい、という所から一歩進んで、科学的根拠に基づいた効果の検証を行うと、
更にわからない事が増えて、結局ヨガはなんとなく体にいい、というスタート地点に戻ってきます。
しかし、皆さんは今回の勉強を通じて非常にたくさんの知識を得ました。
わからない事がわかった、という事はとても重要な事だと思います。
今後生徒から質問された際には「その点はまだわかっていないところなのよ」と自信をもって話して下さい!
皆さんの話の信憑性はぐっと増していきます。
・ヨガの効果に関しては現状完全に解明されていない。
・ヨガの抗ストレス効果、リラックス効果として、視床部下垂体系、自律神経系(交感神経、副交感神経)、GABA系などから科学的に仮説が立てられている。
・ヨガによって、脳内のGABAが増えていくという報告から、その効用がうつ病や、不安障害、てんかんの薬物療法の効果と類似点があるため、それら疾病に対する治療効果が検討され始めている。
・ヨガというものはそもそもマットの上での運動だけを示すのではなく、呼吸法、瞑想、規則正しい食生活などライフスタイル全般に関わるものである。
・現在のヨガの研究はどうしても金銭的、時間的、または評価が自己申告に偏るという点で質の高いエビデンスの集積に限界がある。
・依然として不明な点は多いが、ヨギックライフスタイルが体にとってプラスに働くことは間違いないので、その効果に関しては人々に広めていきましょう。
・ただし個別の病気に対して、現在有効と言われているそれぞれの治療法と比較してヨガが遜色ないかもしくは優れている、という事を言ってしまうのは、効用に関して過大な喧伝になります。
・専門家とは依然としてわからない事をちゃんとわからないと言える人です。
・ヨガの限界を知ったうえで、世の中の人の健康推進のお手伝いをしていきましょう!
MEDCAREYOGAは、西洋医学と補間代替医療のバランスを重視しています。
これを読むことで少しでも皆さんのお役に立てれば幸いです。
【参考文献】
1. Streeter CC, Whitfield TH, Owen L, et al. Effects of Yoga Versus Walking on Mood, Anxiety, and Brain GABA Levels: A Randomized Controlled MRS Study. Journal of Alternative and Complementary Medicine. 2010;16(11):1145-1152. doi:10.1089/acm.2010.0007.
2. Porges SW. The Polyvagal Perspective. Biological psychology. 2007;74(2):116-143. doi:10.1016/j.biopsycho.2006.06.009.
3. Julian F. Thayer, Anita L. Hansen, Evelyn Saus-Rose, Bjorn Helge Johnsen; Heart Rate Variability, Prefrontal Neural Function, and Cognitive Performance: The Neurovisceral Integration Perspective on Self-regulation, Adaptation, and Health, Annals of Behavioral Medicine, Volume 37, Issue 2, 1 April 2009, Pages 141–153
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13. Effects of yoga on the autonomic nervous system, gamma-aminobutyric-acid, and allostasis in epilepsy, depression, and post-traumatic stress disorder Streeter, C.C. et al.
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